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札 幌 市

(株)五 番 館 

昭和33年11月、現店舗の新装オープンに際し、従来のものからイメージ一新を図るため、洋ランカトレアの持つ優雅な雰囲気をデザインし、包装紙をはじめ各種のパッケージにカトレアを使用しております。創業以来77年、ハイカラなデパートメントストアとして、時流にふさわしい包装紙を創り上げて参りました。

(株)丸 井 今 井 

昭和28年中元商戦に際し、特漉したコーティング上質包装紙に変え、デザインも永く北海道民に親しまれた屋上塔屋の航空灯台の三連光をデザイン化しました。夜目にも美しく、長く、放射状の力強い光の線を基調としたデザインと、希望、若さ、新鮮さ、幸福の色調、緑色の包装紙は20数年経た今も、○井今井のシンボルとして北海道全域にその親しみを深く浸透させています。


小 樽 市

(株)大 国 屋 

昭和43年、創業115年を迎え「もっと明るくスッキリと目立つものにしよう」と、白地にブルーと赤のストライプのデザインにし、サービスを包むだけでなく宣伝素材としても有効なものにしました。明るいデザインと分銅型の「大黒屋」の重厚なマークの包装を、街で、バスの中で数多く見かけることは、私達百貨店人にとっては、大変うれしいものです。


函 館 市

(株) 棒 ニ 森 屋 

トラピスチヌ修道院の丘陵に咲く「スズラン」をプリントした包装紙は、創業100年「ハコダテ」とともに生きてきたボーニモリヤの「良い品にまごころをそえて」というモットーをシンボライズしたもので、「スズラン」の持つ"やさしさ""清潔感"と開港117年を迎える貿易港「ハコダテ」のロマンシズムとを調和・融合させたものです。


釧 路 市

(株) 丸 三 鶴 屋

包装紙は丸三鶴屋を代表する顔です。丸三鶴屋の包装紙デザインの諸条件・あこがれは、

  1. 釧路は、東京・札幌など他都市に比べ日照時間が少なく、気温も低いという地域性。

  2. 寒く厳しい長い冬、肌寒い短い夏、ゆううつな海霧などの諸条件により「太陽」へのあこがれ・欲求が強い。

などの諸条件から、より 「太陽が昇り始めて沈むまで」の太陽の一日をデザインしました。カラーは「上品さ」「優雅さ」を考慮し、金色を使いました。道東およそ100万人の生活文化に貢献する丸三鶴屋の顔として、お客様に一層親しまれ、可愛がられてゆきたいと思います。


帯 広 市

(株) 藤   丸 

昭和36年、現店舗新築にあたり、幸福な家庭生活を心かようご奉仕で・・・そんなテーマを包装紙に表現致しました。「奉仕精神を意味する藤の花」この藤の花を幸福はこぶ四つ葉のクローバーに投影させ、心かよう愛される百貨店でありたいと言う願いをこめて、花びらをハートの型に見立ててデザイン致しました。また、色彩も四季を通じて温かい感じのローズ系を選びました。垂る"ほど人は見上げる藤の花"・・・ただひたすら奉仕する心、そんな百貨店精神を包装紙に託し、商品をお包みするたびに、私達は奉仕の精神を心新たにかみしめてまいりたいと存じます。


夕 張 市

(株)丸丹 おかむら 

昭和35年、標語「優れた商品、買い良い店」と同時に決定致しました。炭都にふさわしく、石炭をシンボライズした三角のパターンは、活気に満ちた心を表現しています。基調色の[藤色]は信用と厳選された商品を包むのにふさわしい安らぎを与え、包装紙はじめ各パッケージにも使用しました。 


青  森  市

(株) 松 木 屋 

昭和38年に、「バラの花のついた小枝」と社名ロゴタイプ、ローマ字社名をデザインした包装紙が登場しました。バラは,戦後昭和24年再興以来、包装紙のシンボルとして採用され、色やデザインも二度変りましたが現在まで定着しており、青森のお客様に親しまれております。


弘  前  市

(株) かくは宮川

昭和35年、「お城とさくらとりんごのまち」弘前を象徴して、桜の花びら・りんごの実・雪の結晶をデザインした包装紙を製作しました。春を告げる桜の花、真っ赤なりんごと雪、北国の街弘前の人々に育てられ、親しまれてきたこの街にふさわしい図柄は、人口16万の弘前に創業110年の伝統を誇るデパートとして、津軽の人々に一層親しまれています。


五 所 原 市

(株)中 三

流麗な三本の波状の帯とローマ字の組み合わせによる包装紙。これは、マーク・ロゴのイメージパターンを包装紙に展開したものです。流麗な三本の波は津軽平野の豊饒な稲穂の波と、日本海・津軽海峡・太平洋の三方を海に囲まれた郷土の自然条件、海の波を表現したものです。またNAKASANのロゴは7人家族がほほえましく大地立っているイメージの下に考えられ、色彩と共に相互の気品とやさしさを表しています。この包装紙は、中三全店がお役様に対する真心を約束してデザインした包装紙です。


盛  岡  市

(株) 川 徳

創業100年を記念して製作した包装紙です。岩手県の野鳥「キビタキ」の群れが羽ばたいているところをデザインパターン化したもので、マゼンタレーキとバーミリオンの2色刷りで皆さまに愛される川徳。また企業の飛躍・発展をイメージ表現したものです。デザインは、資生堂アートディレクター中村誠氏(盛岡市出身)に原稿依頼し、当社宣伝課が製作したものです。


水  沢  市

(株) マルサン百貨店

昭和38年、百貨店として新店舗での営業開始を機に、現在の包装紙に変えました。まず「品位のあるデザインで永久に店の顔として使用できるもの」を念頭に、数十名のご婦人モニターのご意見、数多い包装紙のサンプルなどを総合し決定いたしました。経費の面から2色で多色に見え、春夏秋冬に適用されるよう考慮してあります。また、祝用・仏事用は色を変えてあります。


仙  台  市

(株)藤 崎

昭和38年、店舗大増築を機に新しく生まれ変ったフジサキのストアイメージを、包装紙にデザインしました。メインのスター印は、杜の都仙台のケヤキ並木メインストリートに面した外装ポイントをかたどったもので、色も並木にマッチしたゴールドカラーで、過去12年間実績のあるフジサキの顔として、仙台市民はもちろん広く県民に親しまれております。

(株)丸 光

昭和30年後半、本格的な百貨店づくりに入り、ストアポリシー・ストアカラーを集約し象形化を行い、バラの花を決定しました。メインテーマのバラは、創業から生成発展期には、"バラ色の未来を拓く、明るいファミリアな店つくり"を標榜し、ローズピンクをあらゆる面に使用し、今回は"モダン・気品・風格・国際性等など"のイメージを凝集し、バラの花で表現しています。現在当社は、高島屋の提携グループの一員でありますが、店花が同じバラであるのは奇しき縁と云えましょう。


秋  田  市

(株) 木 内

昭和38年,仁科会商業美術部門会員、田沢清見氏のデザインにより制作されました。雪に閉ざされがちな自然条件を考え、健康で、伸びやかな雰囲気を表現いたしました。当初は紺系と茶系の2色で使用されましたが.、翌39年に当社宣伝課で配色を変更し、現在のものとなっております。同じデザインでスーパーバッグ等があります。


山  形  市

(株) 大 沼

昭和40年、店舗増築を契機に店花に「バラ」を設定し、イメージの一新を図りました。フレーズは「バラの広場で、楽しいショッピング」社歌にもバラを歌い、テレビや新聞、屋外広告、名刺等にも一貫してバラをモチーフしています。包装紙もその一つで、思いっきってバラをディフォルメしています。このパターンと実写のバラの花を、メディアによって使い分けしております。

(株) 丸久 松阪屋

昭和48年3月、現店舗に新築移転した時を機に、店花マーガレットをシンボライズしたものです。カラーは、緑多い自然に恵まれた山形の背景を表わす緑と活気みなぎる太陽のオレンジを清潔な白をベースにほのぼのとした幸福感を具現化したものです。マーガレットの花言葉は真実の愛"。ほのぼのとした真心を与える店にふさわしく、気品があり、どこでも見る親しみの花です。


酒  田  市

(株) 清 水 屋

昭和48年9月、増築完成開店と同時に包装紙に日本彫刻会の巨匠木内克先生のデッサンを頂きました。この図柄は、新しい清水屋のために作ってくださった人魚の像をいただいたものですが、百貨店には珍しいヌードのデザインながら自然を愛し、人々に優しい夢を広げる心に満ちて、人魚のいる白いデパートとしてお客様にしたしまれています。


福  島  市

(株) 中 合

昭和40年、弊社宣伝課と地元印刷業者で制作いたしました。店名のローマ字を雲形にし、その間にマークと店名をローマ字で配したものです。白地に赤とブルーのコントラストは、暖かく、なごやかな雰囲気を醸し出しております。これは、お客様と中合の間に成り立つ"信頼"とも似ております。


東  京  都

(株) 伊 勢 丹

昭和50年7月、新しいシンボルマークを制定いたしました。企業イメージの確立と伝達においては、視覚的な手段が重要です。そこで包装紙のデザインも従来のクローバーに変えて、新しいシンボルマークを取り入れ、且つ大胆にパターン化を量りました。デザインは、米国のウォルター・ランド社に依頼し、若さとダイナミックな拡がりが基本テーマになっています。色は、今回コーポレートカラーとして採用したオレンヂ,他に特選、不祝儀用があり、今後シーズンによっては、その他の色も加えて使っていく考えです。〈鞄。五伊勢丹、鞄c中屋伊勢丹も同様〉

(株) 小田急百貨店

昭和48年、「店花」であるスイートピーの包装紙を設定いたしました。デザインは、当社・森野壬子郎顧問。デザインカラーはスイートピーの主体のピンクを使い、パターンの輪郭にはシルバーグレイ配して品位の高さを表現すると共に、現代的で明るい新鮮なイメージを表現しています。ちなみにスイートピーの花言葉は"よろこび"です。

(株) 京王百貨店

昭和39年開店以来、幸わせ、陽気な心、健康,自由、喜び、美しさを、飛び交う鳩の群れにデザイン化してお客様に親しまれております。包装紙は「動くポスター」といわれ、いわゆる企業イメージを象徴するものと云えましょう。当店では、アメリカ・第一級デザイナー、ソウル・バス氏にデザインを依頼し、京王の企業イメージを、はっきりとシンボライズさせた包装紙を創りました。またこの他、弔事用としてカラーを変えたのも用意しております。

(株) 京成百貨店

昭和47年10月、当社新築オープンに当り東山魁夷画伯の(森)の絵のイメージを生かした包装紙が生まれました。森は、上野の森→憩い→優しさ→自然回帰・人間回復などの意味を持ち、当社企業哲学の確立にも、好ましい意義があります。デザイン製作では一貫して,創画会の小泉淳作先生のお世話になりましたが、この〈森〉〈樹々〉のイメージは、当社のデザイン、シンボル、営業理念として定着しています。

(株) 西武百貨店

昭和37年、西武百貨店が新しい時代の百貨店として衣替えしつつある時、アメリカの陶芸家として活躍していたリンドバーグ氏が来日。西武百貨店の意欲的な経営姿勢に共鳴し、デザインした包装紙です。デザインモチーフは、リンドバーグ氏自身の日本観で、伝統コケシ、魚、猫と西欧的な洋食器、パイプ、ミシン等が入り混じり、新しい型の生活を生み出している日本の状況を表現している。それがまた当時の百貨店の美的感覚で伝えており、デザイン的にも社会風俗的にも独特の味わいを持った包装紙になっている。〈田畑百貨店も同様〉

(株) 東急百貨店

昭和45年10月、東急百貨店本店の増築開店を機に、五線紙と音符でモナリザを描いた包装紙を採用しました。御客様への感謝の気持、笑顔の接客を社内的に徹底させる事と、お客様にお買上げいただいた商品を、モナリザの美しさでお包みし、リズミカルにお客様にお届けしたいという願いをこめて誕生しました。

(株) 東武百貨店

昭和46年、『青い空に、白い雲』の包装紙がぶらんで〜と東武増築完成オープンと共に誕生しました。広告ではフィリング表現が主流をなし、人間回復が大きく叫ばれるときでした。青い空に白い雲がそれぞれの希望をもって広がり、企業テーマである"白の出会い"を象徴しています。スケールの大きい人間回復の主張を、包装紙で表現することは大変に難産でしたが、決して欲張った表出ではなく、企業性からしても人々に共通して受け入れられています。〈東武宇都宮百貨店も同様〉

(株) 松   屋

昭和39年、銀座本店の大増築時,我国随一のデザイナー亀倉雄策氏のデザインにより完成しました。白と黒のツートンカラーに赤い四角形を配し、その中にマークとローマ字で社名が入っております。ハッキリとしたデザインは、店の顔とも言うべき包装紙にふさわしく、お客様が包装紙を持ち歩く時、店のイメージも持ち歩く事になり、強力な宣伝媒体の一つと申せましょう。

(株) 三   越

昭和26年、当社では猪熊弦一郎画伯のデザインによる「花ひらく」を包装紙としました。今だに斬新なデザインと鮮烈な色彩は、当時の包装紙のイメージを一変させて好評を得て、先駆を築いたと言ってもいいでしょう。包装紙は、その店の個性と豊かなイメージが表現され、お客様に満足感を与えなければいけません。三越の包装紙には、いつの時代にもお客様の信頼と親しみがこめられていることと自負しております。


横  浜  市

(株) 横浜岡田屋

千鳥格子、タータンチェックは従来からのパッケージデザインの基調でしたが,岡田社長が渡欧の際、英国で見つけたタータンを元にスコッチを基調とした現在の包装紙が完成しました。毛織生地の風合いを紙の上に再現するため,種々の研究が重ねられました。ヤングの間で人気を集めている手つき袋も、こうして作り出されたわけです。


川  崎  市

(株) 小美屋

昭和47年、花びらをもっと小さく、連続的に表現したものから、ブーケ(花束)を基本とした現在のものに変りました。ローマ字のkomiyaにIの花びらを大きく印象付けて、色も赤と紺で若者のファッションデパート"こみや"のイメージアップに、大きく役立っています。また、包装紙だけでなく進物カード・マッチ・買物袋なども同じデザインです。

(株) さいか屋

昭和48年、川崎店増改築新装オープンに際し、全店が一斉に現在の包装紙となりました。デザインは特異なアートディレクターとして活躍中の水野卓史に依頼し、包装紙の基調色は淡いピンクで、若い女性が純白鳩「親心」を抱いている姿は、暖かいイメージを表しております。また、周りの大きな三つの輪は、御客様と地域社会のさいか屋が一つの輪になって発展する事を祈っております。


水  戸  市

(株) 伊勢甚百貨店

昭和39年、創業240周年を記念して、現在の包装紙に変りました。早川良雄氏の手になるデザインは、当時のキャンペーンテーマであった"太陽"をモチーフしたもので、小さな太陽が大きく昇る姿をあらわしたものです。色彩はブルーの濃淡で躍進途上の弊社のイメージでもあり、また、当時の競合店の赤のツートンカラーにも対比させたものです。


宇  都  宮  市

(株) 上野百貨店

昭和27年、弊社宣伝部で考案製作されたものです。具象パターンで夢のあるものをと言う事から、モチーフは世界各国の風景、建物、風俗など皆に親しみのあるものを選び,竹ペンによるやわらかい線でイラストを作り、その組み合わせから構成されたものです。逆版にして色べたの中にイラストを白抜きにしたものですが、地色も何色か試し刷りをし,このエンジ色になりました。


前  橋  市

(株) 前三百貨店

蝶の群れ飛ぶ姿をパターン化し、上品で誰にでも親しまれる包装紙は、前三の開店に当って採用されました。デザインは一般公募や依頼の中から、画家高沢圭一氏の作品に決定しましたが、落ち着きのある包装紙として好評を得ています。


千  葉  市

(株) 扇屋本店

デザインは、万国博のポスター、札幌オリンピックの絵文字などで知られる福田繁雄氏の作品です。国際的感覚の中で可能な限りの甘さを取り除き、残ったものだけでデザインし、最大限シンプル化したものです。マークの個性は3要素あります。単純・個性・美的です。扇屋のマークは、このどれを取っても一流と自負しております。


新  潟  市

(株) 小林百貨店

今年で創業68年を迎えます。包装紙も、はじめ呉服店、やがて老舗として、戦後はデザインブームに乗って、幾多の変遷をたどって来たものと思われます。しかし、残念ながら昭和30年の新潟大火で、スクラップを焼失して、ハッキリとは分かりません。現在のデザインは、店のシンボルフラワーバラをシンボライズしたものです。


甲  府  市

(株) 岡 島

昭和30年,急速な生活向上期を迎え、新時代に合わせたイメージ一新を図り誕生した包装紙です。ソフトな中にも、ダイナミックな、OKAJIMAのロゴ、明るいブルーとレッドの配色も新鮮であり、当時アメリカの広告専門誌にも紹介されたこともあり、ローカル感覚からナショナル感覚への脱皮と言ってもいいでしょう。平凡と言えば平凡であるが厭きがこず、今ではお客様の心にもしっかり定着しています。


長  野  市

(株) 丸 光

近代感覚に溢れたストライプを使った包装紙。成長途上にある企業の若さと社員の若い意気を、直線で表現し、近代デパートとして躍進しております。色彩は、季節ごとに変え,冬期には寒冷地のため暖かさを、赤とグレーで表現し,夏季にはブルーとグレーを使い涼感を表現させています。まごころを包む包装紙としての信頼、生活に欠くことのできないものとしてお客様に愛されていることと自負しております。〈叶z訪丸光も同様〉


浜  松  市

(株) 松 菱

昭和49年11月、ジョイフル松菱として増築を機会に、社名の原点を志向する意味からも、"松と菱"をデザイン化した包装紙が誕生しました。菱の字を、放射状末広がりした松で形つくり、花の美しさ、若さ、鋭い線、未来へ延びる可能性を表現しています。カラーは、一貫して松菱ローズと呼ばれる特色を使い、今ではお客様の間にも松菱の色としてイメージ化されています。〈樺テ松菱も同様〉


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